一日が終わって、家の中が少し静かになる時間。
寝る準備をして、電気を落として、あとは布団に入るだけ。
この「寝る前」の時間は、思っている以上に特別だと思う。
日中はどうしても慌ただしい。
仕事のこと、家のこと、やるべきことが次々と頭に浮かんで、子どもの話も「ちゃんと聞いているつもり」で終わってしまうことが多い。
でも寝る前だけは、不思議と時間の流れがゆっくりになる。
布団に入ると始まる小さなおしゃべり
電気を消して布団に入ると、子どもが急に元気になる。
さっきまで眠そうだったのに、
「今日な、こんなことあってん」
「保育園でな、〇〇くんがな」
と、昼間の出来事を思い出したように話し始める。
もう目は閉じかけているのに、言葉だけは止まらない。
昼間は言いそびれたこと、聞いてほしかったことが、まとめて出てくる時間なのかもしれない。
正直、こちらは少し眠い。
「もう寝ようか」と言いたくなる日もある。
でも、この時間を適当に流してしまうと、あとで後悔することが多い。
たいした話じゃない、でも大事な話
内容は、本当にたわいもない。
誰と鬼ごっこをしたとか、給食のおかわりをしたとか。
大人からすると、特別な出来事ではない話ばかりだ。
それでも、相づちを打ちながら聞いていると、
子どもの一日が少しずつ立体的に見えてくる。
「そのとき、どう思ったん?」
そう聞くと、少し間をおいて
「うれしかった」
「ちょっとイヤやった」
と、素直な気持ちが返ってくる。
寝る前だからこそ、強がらない。
評価されない時間だと分かっているからか、本音がぽろっと出てくる。
今日も一日、ちゃんと終われた気がする
話が一段落すると、
「じゃあ、おやすみ」
と、急に静かになる。
寝息が聞こえてくるまでの数分間、
こちらは天井を見ながら、その日のことを振り返る。
怒ってしまった場面。
急かしてしまった言い方。
もっと余裕を持てたかもしれない瞬間。
完璧な一日なんて、ほとんどない。
でも、こうして一緒に布団に入って、言葉を交わせたことで、
「今日もちゃんと終われたな」と思える。
寝顔を見ると、少し反省する
先に眠った子どもの寝顔を見ると、
日中の小さなイライラが、急にどうでもよくなる。
こんなに無防備に眠っている存在に、
ちゃんと向き合えていただろうか。
忙しさを理由に、後回しにしていなかっただろうか。
寝る前の時間は、反省会でもある。
同時に、明日を少しだけやさしく迎える準備の時間でもある。
特別なことは、何もしていないけれど
絵本を読まない日もある。
お話が途中で終わる日もある。
疲れていて、短い会話で終わる日もある。
それでも、布団に並んで、同じ天井を見て、
一日の終わりを共有する。
それだけで、十分なのかもしれない。
高価なおもちゃも、特別なイベントもない。
でも、毎晩繰り返されるこの時間が、
きっとあとから思い出になる。
今日も、静かに一日が終わる
子どもの寝息が安定してきたのを確認して、
そっと布団を抜ける。
リビングに戻ると、さっきまでのにぎやかさが嘘みたいに静かだ。
一日分の生活音が、すべて止まっている。
「今日も一日、おつかれさま」
誰に言うでもなく、心の中でそうつぶやく。
また明日も、同じように一日が始まって、
同じように寝る前の時間がやってくる。
この何気ない繰り返しを、大事にしていきたい。
そう思わせてくれるのが、寝る前のほんの短い時間だ。


コメント